U-Maの音楽館

VISCONTI


VISCONTI(ヴィスコンティ) イタリア

 裕福な、そして熱心な二人の万年筆収集家によって1988年、フィレンツェで設立された、比較的新しいブランド。そのブランドコンセプトは万年筆黄金時代の素材や製法の復活と、さらに新しいアイディアも取り入れるという贅沢なもの。それ故にビジネスと言うよりも道楽とか趣味の延長といった印象のメーカーで、とにかくその発想がユニークであり、軸の美しい筆記具が多いイタリアにあっても、ヴィスコンティの軸はまさに芸術的。その魅力に嵌った熱烈なファンも獲得しているようです。万年筆は現行品(2016年現在)に金ニブが無く、上位品は23Kパラジウム、スチールテューブラー、クローム18テューブラーなどを採用しています。一味違った世界観で、個性的な物を好む方や、物に芸術性を求める方にはお勧めです。しかし、2017年に創業者の一人であるダンテ・デル・ベッキオ氏が退任したことで、ヴィスコンティの方向性に変化の兆候が。今後の展開が注目されます。

 製品は(当たり品であれば)品質も書き味も素晴らしいのですが、正直に言えばバラツキもかなり多いようです。そもそもイタリア製万年筆を愛でるためには、ある程度の寛容さは必要です。あくまでも品質で選ばれる方は、パイロットやパーカーをお求めになった方がよいでしょう。ヴィスコンティは趣味の物と割り切った方が良いと思います。

 ところでヴィスコンティは、金が高騰したことから、金に替わる素材としてパラジウムのニブを採用したのですが、今(2020年4月現在)では何と、金よりもパラジウムの方が高いという。自動車の排ガス規制が強化されたため、触媒に使うパラジウムの需要が増えた結果、そのようになってしまったようですが、ヴィスコンティはどうするのでしょう。そういえばディヴィーナの後継と目されるペンタゴンにはスチールに金を貼ったニブを採用したようですが、いずれパラジウムニブも止めてしまうかもしれません。

HOMO SAPIENS MARINE STEEL(ホモサピエンス マリンスティール)
23Kパラジウムニブ、特殊機構キャップ、
オーバーサイズはダブルタンクパワーフィラー式、ミディアムはピストンフィラー式
ただし、オーバーサイズのピストンフィラー式もあるらしい

 これほど変わった素材を使った万年筆も珍しいです。軸はイタリアのエトナ火山から掘り出した玄武溶岩(玄武岩質の溶岩)、クリップやリングはマリンスティール(造船用鋼)。そしてニブは23Kパラジウム(950‰パラジウム)です。そして名前も「現生人類・ホモサピエンス」。何か意味があるのでしょうか?

 玄武岩というのは火成岩の一種で、ケイ酸の含有量が少なく、マグマは流動性があり、比重が大きいもの。海嶺で生まれ、海洋プレートを構成する岩石で、ハワイや伊豆大島などの島や富士山(海洋プレートであるフィリピン海プレートの先端付近にある)などが玄武岩質の火山です。その玄武溶岩をくり抜いて作った軸は地球の誕生をイメージし、マリンスティールは鉄の文明や大航海時代を表しているようです。そしてそれを筆記具に仕立てることで、文字を発明し書くという文化を獲得したことを表し、まさに地球と人類の歩みを表現しているようです。このようにストーリー性を持ち、素材にこだわる物作りがまさにヴィスコンテイの魅力です。


        ヴィスコンティ ホモサピエンス マリンスティール オーバーサイズ 万年筆 極細字 ダブルタンクパワーフィラー式

 ちなみに姉妹品のホモサピエンス ブロンズは、ニブ以外の金属部品が青銅(ブロンズ)となり、茶色がかった金色で、ニブは一部が金メッキされたバイカラー仕上げ。もちろん青銅は青銅器文明を表しています。

 ホモサピエンスシリーズはさらに、溶岩と樹脂を融合させたダークエイジやエレガンス、さらに透明軸の限定品・キャンティシャーレ(もはや溶岩ではない)などがありますが、私としてはより無垢な溶岩に近い(無垢な溶岩のままだと細かい穴にインクが染みこんでしまいますから、樹脂を染みこませているようですが)ブロンズかマリンスティールが好きです。

 万年筆に嵌って以来、ずっと欲しかった万年筆です。そして狙っていたのは実はブロンズ。溶岩軸に装飾が金メッキだとわざとらしい感じですが、ブロンズだと良い具合に枯れた色合いになり、すごく私好み。さらに先に発生したのは青銅器文明ですからね。でも、考えてみたら鉄の文明は今でも続いており(過去にはアルミニウムの時代が来るとかこれからはチタンの時代だとか言われたようですが、依然として文明を支える金属は鉄)、実物を見るとマリンスティールもクールで素敵。これはもう、店頭で細字か極細字がある方を選ぼう・・と思い立ってお店に行ったら、ブロンズは中字のみ、マリンスティールには極細字の在庫があるということで、試し書きした上で購入しました。あらかじめ決めておいた筆記具予算が尽きそうなので、もう買うしかありません。本当は中古が出たらそれを買おうかと思っていたのですが、たまに入荷しても即売れてしまうので、私には縁がなかったのです。もちろん入荷品のリストがサイトに出ると同時にチェックして、入荷していたらポチッとすれば手に入っていたかもしれないですが、私は実物を見て試して買う派ですし、常日頃からポチッとしていたら、お金がいくらあっても足りないので自重しているのです。

 キャップはホックセールロック式という独特な物で、キャップ内側の突起を首軸の溝に合わせ、軽く押しながら回して開け閉めします。初めての人は面食らいますが、慣れると結構使いやすいですし、気密性も決して悪くはありません。そして、インクの吸入はダブルタンクパワーフィラー式。パイロットのカスタム823やツイスビーのVACで採用しているプランジャーフィラー式と同じシステムですが、ヴィスコンティのこれはインク止めが無いので尻軸を緩めなくても書けます。プランジャーフィラー(パワーフィラー)は大量のインクを吸入できるのが魅力ですが、吸入量を多くすると、特に冬場は保管寺と使用時の温度差からインクタンク内の空気が膨張し、インクのボタ漏れが起こりやすくなります。カスタム823やVACは、尻軸を締めるとインク止め機能が働き、インクの漏れを防ぐようになっているのですが、使用するごとに尻軸を緩めるという儀式が必要になります。ビスコンティはこれを改良し、尻軸を締めるとインクタンクが分断され、首軸に近い小さなタンクからインクを供給します。このインクタンクが空になったら尻軸を緩めることで、分断されていたタンクからインクが供給される仕組みです。ダブルタンクにすることで吸入量が減ったりするのですが、尻軸を時々緩めればよいというのは有り難い仕様です。

 さて、ようやく手にしたこの万年筆、実に良い。もう最高♪ オーバーサイズですから太くて長く、重厚な感じですが、これよりも一回り細いパーカー プリミエとほぼ同じ重量。もちろん重い万年筆ですが、その分全く筆圧を掛けず、紙の上を滑らすように書けます。溶岩の手触りも独特で心地よいです。ニブは良く撓る軟らかなもので、タッチも非常にソフト。インクフローも良く非常に私好みです。手の小さな方は持てあますかもしれませんが、これは非常に良くできた万年筆だと思いますし、素材がとても変わっているので、物へのこだわりを持つ人にはお勧めできる品です。実は私も最初は変わった素材に興味を持っていただけなのですが、数名のマニアから「あれは素晴らしい」というのを聞かされ、買う気になったのです。そして実際手にしてみたら素晴らしかった。

 でもあえて、積極的にはお勧めしません。何故かというと、ブロンズやマリンスティールって、錆びるんですよね。青銅はぼろぼろになることはないですが徐々にくすみ、青錆が浮くことがありますし、マリンスティールは造船用なので鋼の中では腐食に強いですが、所詮鋼は鋼。ある程度の変質は覚悟しないといけません。それと、溶岩の軸にインクを吸入するという大胆なことをやっているので、とにかくインクを乾燥させてしまうのは厳禁(もちろん他の万年筆もそうなのですが、これは特に)。つまり、毎日のように使って、定期的にメンテナンスすること。金属の装飾部分を万が一濡らしてしまったら、しっかり拭き取ること。そしてもし錆びてしまっても、それを味として愛でること。それくらいの覚悟がないと、この万年筆は買いではありません。

 ちなみに日本人の多くは純粋な意味でのホモ・サピエンスではなく、絶滅人類とされるホモ・ネアンデルターレンシス(ネアンデルタール人)との混血だそうです。欧州、アジア系の人はアフリカから出た後、元々は同じ祖先から別れ、先にアフリカを出て寒冷地に適応したネアンデルタール人とある程度混血しており、純粋な(?)ホモサピエンスはアフリカ系の人たちだとか。まあ、どうでもいいですけど。


OPERA ELEMENTS(オペラ エレメンツ) 生産終了品
23Kパラジウムニブ(初期型は14K)、特殊機構キャップ、両用式

 面取りされた四角形の軸を持つオペラシリーズの中にあって、昔の四大元素説をイメージしたモデルがオペラ エレメンツ。色名はウォーター(ブルー)、アース(グレー)、ファイアー(レッド)、エア(イエロー)で、この四色が水、土、火、空気の四大元素を表します。そして各色に配された白い縞模様は、宇宙を満たす媒質とされたエーテルを表しています。ファイアーとエア、共に美品が中古で入荷し、どちらかと言えばファイアーが欲しいと思いつつもじっと我慢。値引きのタイミングを待っていたらファイアーはその前に売れてしまい、残っていたエアを値引き価格で購入してきました。で、実際に手にしたらファイアーに比べて落ち着いた色で、かえって良かったかも。価格は1万円も下がったわけだし。新品は基本的にずっとその店の販売価格のまま売られますが、中古品は捌いてなんぼ。なので入荷してからある程度時間が経つと値下げしたりしますので、そのタイミングを待って買うのはなかなか賢い買い方。ただし、それまでに売れてしまうことも多いので、よほど欲しいと思う物は即買った方が良いでしょうね。


        ヴィスコンティ オペラ エレメンツ エア(イエロー) 万年筆 23Kパラジウムニブ 細字 

 軸の素材はアクリロイド(セルロイドとアクリル樹脂の複合)。色鮮やかなセルロイドと透明感のあるアクリル樹脂を合わせることで、独自の色合いを出しているのでしょう。大理石のような質感のある軸はとても美しいです。

 キャップの着脱は少々変わっていて、まずキャップを胴軸側に少し押しつけてから、右方向に1/4回転させるとキャップが外れます。キャップを閉める時は逆に、クリップが右を向くようにキャップを入れ、少し押しつけるようにしながらクリップがニブの真上に来るように1/4回転させると閉まります。これを知らないと少々面食らいますね。これ以外のやり方で無理にキャップを閉めようとすると、引っかかって取れなくなることもあるようです。凝りすぎてちょっとやっちゃった感はありますが、四角い軸とキャップで、キャップを装着した際に胴とキャップがずれて不格好になるのを防ぐための仕様なのでしょうね。

 キャップはペン尻に挿さない仕様です。キャップの内側が丸形で、ペン尻は四角形ですから。装着することはできますが、尻軸のメッキがこすれて傷むので、キャップは挿すべきではないでしょう。

 前期型はニブが14K 585ですが、これは後期型で23KPd 950、つまり23カラット(約95%)のパラジウムです(なお、パラジウムは銀色ですが、このニブは金メッキ仕上げになっています)。元は14金ニブだったのですが、金の高騰により安定した価格で提供することが難しくなったため、金に替わる材質を検討した結果、23Kパラジウムにたどり着いたということです。この23Kパラジウムニブはドリームタッチと呼ばれます。14Kタイプを使ったことがないので比較はできませんが、このパラジウムニブはよくしなる柔らかな書き味。非常に良くできており、この感触はクセになります。ただし、ペンを立てて書くとふにゃっとした感触で書きにくいので、あくまでもペンを寝かせてサラサラと書く物でしょう。でも、正直に言って手にする前はこんなに良い物だとは思っていませんでした。なので値下げのタイミングを待っていたわけですが、こういう物だと分かっていれば、入荷した瞬間に飛びついたでしょうね。売れてしまわなくて良かった(滅多に入荷しないですから)。軸は美しいし書き味も良いし、高価な物ですがそれも納得です。

 その後オペラシリーズはニブがクロム18チューブラーに変わり、現在では生産されていないようです。23Kパラジウムニブはホモサピエンスやディヴィーナで採用されていますが、これらも高い。そもそもヴィスコンティは軸にも凝りまくっており、価格が高めというのが難点ですね。なかなか新品には手が出ません。23Kパラジウムニブ自体はよくできていてお勧めなのですが・・。一本だけ豪華な物をとお考えなら、他メーカーの上級品と並べて書き比べてみるのはいかがでしょうか、という感じです。


VAN GOGH(ヴァンゴッホ)
ステンレスニブ、マグネティックロック式キャップ、両用式

 ヴァンゴッホのカラーはひまわり、星月夜、自画像、アイリスなどがありますが、もうお分かりでしょう。ゴッホの絵画をモチーフにしたシリーズです。ミーハーな私はひまわりを一本持っています(残念ながらこのひまわりは終売品のようです)。

 ヴァンゴッホ ひまわりは、有名な「ひまわり」をイメージした軸で、黄色の軸ですが、単純な黄色ではなく、油絵の具でペイントしたかのような質感を出しています。この軸はベジタブルレジン製で、一本一本微妙に模様が違います。こういうところに注力を惜しまないのがヴィスコンティの大きな特徴ですね。

 軸は一見丸く見えますが、よく見ると18角形で、絶妙なグリップ感。そしてこれもキャップ開閉方式が変わっていて、磁力を利用したマグネティックロックを採用しています。基本的には嵌合式と似ていますが、磁石を利用して軸とキャップを密着させる方式です。磁石はそんなに強い物ではないようですが、心臓ペースメーカーを使用している方は胸ポケットなどに挿さないよう注意書きがなされています。


        ヴィスコンティ ヴァンゴッホ ひまわり 万年筆 細字

 ニブはステンレス製です。かつてはヴァンゴッホ マキシなど、14Kニブの製品もあったようですが、現在は生産していません。ステンレスニブは幾分柔らかいタッチで、書き心地は良いです。と言いながら、実はこれ、ペン先は未使用です。軸とキャップは使っていますけどね。詳細は次の項で。


REMBRANDT(レンブラント)
ステンレスニブ、マグネティックロック式キャップ、両用式

 光と闇の魔術師・レンブラントのイメージで製作されたモデル。ブラックはご覧の通りの色で、やはりヴィスコンティ。単純な黒軸など造るはずもありません。黒の中にグレーが微妙に混ざり込んでおり、他の色もこんな感じで、単色ではありません。また、リング部には、レンブラントが好んで使ったといわれるモチーフが模様として刻まれているなど、なかなか凝った造りです。キャップはヴァンゴッホと同じマグネティックロックですが、実はこちらが世界初の採用となっています。


        ヴィスコンティ レンブラント ブラック 万年筆 細字

 ヴァンゴッホと似たような形ですが、こちらは丸形の軸。でも首軸とペン先ユニットは全く同じ物。両者重量もバランスも似たような物なので、書き味はほぼ同じと言って良いでしょう。軸の形状から来るグリップ感が多少違うだけです。私は首軸とペン先ユニットが全く同じということで、インクを補充するタイミングで、レンブラントとヴァンゴッホ、交互にこの首軸を付けて使っています。なので元々ヴァンゴッホに付いていた方は未使用なのです。

 ステンレスのニブですがガチガチに硬い感触ではなく、やや柔らかさも感じられますし、書き味も滑らかで、ステンレスニブとしては良くできたニブだと思います。とは言ってもやはりラテン文字用というイメージで、当然ながら日本語を筆記するのであれば国産の物を買い求めた方がよさそう。あくまでも趣味の一環として購入する物だというイメージが強い万年筆ですね。

 私は軸が両者捨てがたく、両方とも入手してしまいましたが、ヴァンゴッホの軸に魅せられたならばヴァンゴッホを、そうでなければレンブラントを選ぶのがよろしいかと。軸が凝っている分、ヴァンゴッホの方が高いのです。もちろん私はかなり値引きされている物を買ってきているのですけどね。


 ちなみにここで紹介した4本、クリップの形はみな同じで、独特のアーチ型をしていますが、これはフィレンツェにある橋をイメージした物で、多くのモデルでこのクリップが採用されています。