U-Maの音楽館

万年筆のトラブルについて


 万年筆は耐久性の高い筆記具ですが、10年間も毎日のように大量筆記すると、先端に溶接されているペンポイントが摩耗してしまいます。こうなるとニブを交換するか、新しい物を購入しなければなりません。ただ、毎日日記を1ページ程度という使い方ならば、30年くらいはもつはず(むしろ軸が先に逝ってしまいそう)。万年筆のペンポイントはイリジウムやイリドスミン(イリジウムとオスミウムの合金)などの非常に硬い金属でできていて、摩耗にはとても強いのです。これがすり減ってしまうのは故障ではなく寿命。また、使っているうちに表面の加工が劣化(メッキが剥げるなど)したり、嵌合式の万年筆では嵌合が緩くなるなどの劣化が起こってきます。こうした経年変化により見栄えが悪くなったり使い方に制限が出てくる場合もありますが、かえって味が出る場合もありますね。いずれにせよ長くおつきあいした証拠です。

 こうした変化とは別に、万年筆は使い方によって寿命を迎える前に故障や破損してしまうこともあります。大きなトラブルとしてはニブを曲げてしまうこと。キャップを外した状態の万年筆をうっかり落としてしまうとニブを破損する可能性が高いのです。また、キャップを嵌めていても、落とせばキャップや胴軸が割れたり(金属は割れないですが)傷ついたり、あるいはキャップ側から落ちると衝撃で希にニブとペン芯が抜けることもあるようです。なので万年筆は慎重に扱いましょう。ちなみに金のニブは、曲がってしまっても、程度によっては修理により直る場合もありますので、とりあえず修理に出して見積もりを聞いてみると良いでしょう。

 実は私も一本、ニブを曲げてしまいました。不用意に落としてしまって・・。でもそのペンは今でも使っています。インレイドニブなので苦労しましたが、自分で根気よく直しました。しかも元々フローが安定しない個体だったのが、今はサラッサラ♪ ニブを曲げてしまったのも忘れるくらい普通に書けていますし、むしろ書きやすくなったくらいで、これはケガの功名というやつですか。多分何かが詰まってインクフローを悪くしていたのが、直す前にインクを洗い流した時、一緒に流れてしまったのでしょう。でも自分で直すのは、自分でやっておきながら、基本的にはお勧めしません。やはり修理に出すのが良いでしょうね。ステンレスのニブは金ニブより曲がりにくいでしょうが、逆に一度曲げてしまうと修復は困難です。多分ニブの交換になるでしょうね。

 割と多いトラブルは、書いているうちにインクがボタッと落ちてしまう、いわゆるインクのボタ落ちですが、これは故障である可能性もありますし、そうでない可能性もあります。ボタ落ちが起こった場合、まず落ちたインクを処理した後、胴軸を外して(吸入式の場合は確認用の窓から覗いて)インクの残量を確認して下さい。インクの残量が少ない場合は、ボタ落ちが起きやすく、特に寒い時期にはより起こりやすくなります。その原因はカートリッジ、コンバーター、インクタンク内の空気の膨張。特に寒い時期は、冷えた万年筆を手で暖めることになるため、空気の膨張によりインクを押し出してしまい、ボタ落ちが発生しやすくなるのです。今の万年筆はペン芯の構造が改良され、ボタ落ちは起こしにくくなっているのですが、それでもたまに起きることはありますね。まあ、万年筆はそんな物であることを認識した上で使って下さい。なお、私の好きな金属軸の万年筆は、インクのボタ落ちが起こりやすいです。それは金属が他の素材に比べ熱伝導率が高いからで、万年筆を手に取った瞬間からどんどん手の熱を内部に伝えてしまいます。ボタ落ちが嫌なら熱伝導率の低い樹脂軸の万年筆、さらに熱伝導率の低いエボナイトや木軸の万年筆を選ぶのも手かもしれませんね。エボナイトや木軸は、高価な物が多いですけど・・。

 カートリッジの場合は仕方ないのですが、コンバーター使用や吸入式であれば、インクを吸入して満タンにすると起きにくくなります。それは空気よりもインク(水)の方が熱膨張率が低いためです。それと、ピストン吸入する際にはコンバーターでも吸入式でも、一杯に吸った後ピストンを少し左に回してインクを2〜3滴ボトルに戻し、ペンを上に向けてからもう一度右に一杯に回すという儀式を忘れないで下さい。せっかく吸った物を戻すのは勿体ない気もするのですが、こうすることでインクを保留している部分に余裕を持たせるのです。これをしてあげないと、吸入してすぐにボタ落ちが起こる原因にもなります。

 インクの量や温度差に問題なさそうでも頻繁にボタ落ちを起こすならば、故障の可能性があります。ペン先ユニットが首軸にネジで固定されている構造の万年筆は、ここを締め直せば治る可能性もありますが、それ以外であれば、修理を依頼するのが無難です。万年筆はデリケートな物ですので、よほどの知識と腕がある人以外は、自分で対処しないことです。分解したらさらにひどくなったなんてことにもなりかねませんから。

 なお、インクが落ちるのではなく、ニブ表面にインクが滲み出ていつも汚れている状態になるのは異常でも何でもありません。むしろこうなる万年筆の方がニブとペン芯がしっかり密着していて良いくらいで、気にしないことです。気になってティッシュペーパーで拭いてしまうと、かえってインクを呼び込んでしまいますし、ティッシュペーパーの繊維がペンを詰まらせる原因にもなります。

 書いている際のボタ落ち以外でも、インクが漏れるというトラブルは良くあるのですが、万年筆はいつでもインクが出る状態になっているので、横向きや下向きで持ち歩いたら、振動でインクが漏れてしまいます。それも万年筆の特性上仕方のないことなので、万年筆は常にペン先が上になるように持ち運びましょう。嵌合式万年筆のキャップを勢いよく抜いてしまうのも、インク漏れの原因になります。キャップを抜く際に内部の圧力が下がって、インクを引っ張り出してしまうのです。同じような原理で、飛行機に乗った際にも、気圧が下がることでインク漏れを起こすことがあります。対策としてはキャップを静かに抜くこと、飛行機に乗る場合はインクを満タンにしておくことなどが挙げられます。

 インクのボタ落ちや漏れと同様、多いトラブルがインクが出ないという現象です。書いているうちに掠れて、そのうち出なくなったなら、先ずはインクタンクやカートリッジ、コンバーターを確認して下さい。単にインクが無くなっただけかもしれません。インク止め機能の付いた万年筆は、止めたまま書いていないか確認して下さい。

 しばらく放置しておいたら書けなくなっていたというのは要注意。インクが乾燥して詰まってしまった可能性があります。とりあえずコップの水にちょっとだけ漬けて、水を吸い取ったら書けるようになったというのは症状が軽いです。それでも書けないならまずカートリッジやコンバーターを抜き、カートリッジは処分して下さい(インクが濃縮しているため)。コンバーターもインクを捨て、インクの色が出なくなるまで何度か水を吸ったり出したりして、その後乾燥させて下さい。首軸とニブは水かぬるま湯(お風呂の温度程度)に一晩漬けておきます。その際ニブを曲げたり傷つけたりしないよう注意して下さい。何度か水かぬるま湯を交換し、インクの色がほとんど出なくなれば、詰まりは解消しているはずです。水を切って適度に乾かした後、新しいカートリッジを挿すか、コンバーターを挿してインクを吸入して下さい。それでも書けない、吸入すらできないならもう、修理が必要です。

 吸入式の場合は、水かぬるま湯を吸入したり吐き出したりして洗浄します。吸入すらできない場合は、多めに水かぬるま湯を用意して、キャップを外した万年筆の首軸から下を漬け込みます。この際ニブが曲がらないよう注意して下さい。このまま一晩漬けて吸入が可能になったなら、吸入と吐き出しを繰り返し、インクの色が出なくなるまで洗浄します。二晩漬け込んでも回復しないなら、修理行きです。吸入式はコンバーターなどに比べて吸入や吐き出しがパワフルですので、少しでも吸えるようになれば、あとは根気よく吸ったり吐き出したりを繰り返すことで治ります。なお、ペリカン スーベレーンの縞々模様のやつは、水につけ込むと樹脂が膨潤して変形することがあるので、慎重に漬けて下さい。ペリカンの吸入式はペン先ユニットを外すこともできるのですが、これも慎重にやらないとニブとペン芯がずれ、性能に影響が出ることがあります。

 まあ、とにもかくにもこうならないように注意すべきですね。まず、暑中見舞いと年賀状にしか使わないというような方は、使い終わったらインクを抜いてから、きれいに洗浄し、乾燥した後に保管しましょう。こうすれば詰まることはまずありません。そういう使い方をする場合はコンバーターの使用をお勧めします。必要なだけインクを吸入して使い、使い終わったら綺麗に洗って保管すればインクが詰まることはありません。カートリッジだと残ったインクが無駄になってしまいます。そうするほどでもないけどたまにしか使わないという方は、ペン先を上にして立てて保管して下さい。立てて保管するとインクの流れが止まりますから、乾燥するのは早くても、深刻な詰まりを生ずることは防げます。横にしておくとペン先から水分が蒸発しても次から次へとインクが供給されるため、濃縮されたインクがペン先にどんどん溜まって詰まりを起こします。で、立てて保管した上で、メモ書きでもいたずら書きでも何でも良いので、一週間に一度くらいは使ってあげて下さい。そうすればより、ペン先の詰まりは防げます。30文字も書けば十分です。そもそも万年筆の最高のメンテナンスは書いてあげることなのです。

 水で洗浄しても何となくインクの出が悪いと感じる場合は、万年筆専用の洗浄液を使用すると良いでしょう。プラチナ萬年筆が販売しているインククリーナーキット(スポイトが付属しており、黒ラベルはプラチナ萬年筆用、緑ラベルはヨーロッパ規格用)がお勧めですが、ローラー&クライナーのライニガーも効果は絶大だとか。顔料インクを使用している万年筆は、ざっと水洗いした後、洗浄液を使って洗うのをお勧めします。染料インクなら根気よく水洗いすれば大抵は落ちますが、顔料インクは染料インクよりも詰まりやすく落としにくいですから、定期的なメンテナンスでもこういう物を使った方がよいでしょう。

 インクの詰まりではなく、別の原因でインクが出なくなることもあります。万年筆は概ね綺麗な状態で、インクはまだ入っているのにインクが出なくなる(インク切れ)現象がそれです。原因の一つとしては、インク選びのページに書いたように、万年筆とインクが合っていない可能性があります。万年筆と同じメーカーのインクでない場合、フローの渋い万年筆にフローの渋いインクを入れれば当然そうなります。これは私の体験ですが、ウォーターマンのメトロポリタンにペリカンのブルーブラックを入れたところ、頻繁にインク切れを起こしました。フローの渋い万年筆とインクを組み合わせてしまったのですね。これはインクが合わなかったかな?と考え、インクを抜いて洗浄し、ウォーターマンのミステリアスブルーに変えたら、それ以降はインク切れが起こっていません。逆にフロー潤沢の万年筆にフローの良いインクを入れたりすれば、フロー過剰な状態になります。

 インクの相性が問題であれば上記の対策で解消しますが、インク切れの原因は万年筆とインクの相性以外の場合もあります。万年筆と同じメーカーのインクを使えば、基本的に相性の問題は生じないはず。ペンもきちっと洗浄している。なのにインクが出にくい。そのような場合はハート穴(ニブに開いている穴)の部分をルーペで覗いてみて下さい。



 ハート穴からペン芯を覗くと、ペン芯に切られている溝の部分が見えますが、上の写真ではその溝が切り割りとほぼ一直線になっていますね。これが正しい状態です。時々これがずれている物や、使っているうちにずれてしまった物を見かけますが、そうなるとインクの出が悪くなってしまいます。万年筆のインクはこの溝と切り割りを通って下りてきますから、この部分が合っていないと、上手くインクが通らないのです。対処としては真っ直ぐになるように直せばよいのですが、これも力任せにやるとニブを損傷してしまいます。調整に出すか、慣れた人にやってもらう方が無難でしょう。

 そして最悪なのは、切り割りが開きすぎたり、ニブの先端部分がペン芯から離れたりしている場合です。万年筆は毛細管現象を利用しているため、隙間がありすぎるとインクが流れないのです。この現象は深刻です。最初は問題なかったけど使っているうちにこうなってしまったならば、原因はずばり筆圧が強すぎるなど書き方が適正でなかったこと。修理や調整で直ったとしても、また同じ状態になる可能性があります。これはもう、筆圧をなるべく掛けないで書くようにするしかありません。

 そして、どう見ても何の問題も無いのにインクが流れない。それはもう、分解掃除しかないでしょうから、決して自分ではやらないように。